西島祥子さんは、2009年9月29日(木)に他界されました。
謹んでご冥福をお祈りいたします。
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もし今、原因不明の進行性難病だと告げられたら、あなたならどうしますか?
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難病に侵されながら、夢に向かって闘い続けている女性がいます。
島根県出雲市の西島祥子さん、24歳。
左手や足が自由に動かせず、車いすに乗りながら、看護師免許を取得。
入院治療中の今も、詩や水彩画の創作に励み、前向きに明日を見つめています。

今日の涙 西島祥子
西島さんは、幼少期に心臓を患ったことがきっかけとなって看護の道を志し、島根県内の高校を卒業した2003年に出雲市の島根大医学部看護学科に入学しました。
彼女の身体に異変が起きたのは、大学に入学して半年後のこと。
ちょっとしたことから左手の指が痺れて、曲げたり伸ばしたりできなくなったのです。
同大でこれを治療する手術を行ったところ、肘に激痛が残り、腕が動かなくなるという奇妙な病気を発症しました。
彼女を襲った病気は「CRPS(複合性局所疼痛症候群)」という、原因も治療方法も解明されていない病気でした。
触れば突き刺すような激痛で長袖の服を着ることもできず、眠れずに夜を明かすことも・・・
それでも、左ひじを自分の手や装具で固定して大学に通い続け、病院実習もこなしました。
そして、この頃からスケッチブックに詩を綴り始めました。
「涙を心のビンにためておこう いつかビンがいっぱいになったら それが強くなった証なんだ」
自らを力づけるように絵筆も走らせました。
2006年秋・・・
「絶対治したい」という決意を胸に、東京の著名な専門医にかかることを決めましたが、思いとは逆に病状は悪化。
上京直前、どうしても足を動かすことができなくなり、車いすが必要になりました。
東京で「固定ジストニア」と診断されました。
「固定ジストニア」は、筋肉が不随意に収縮してねじれたり、震えたりして自分の意思通りに動かなくなる難病です。
彼女は「CRPS(複合性局所疼痛症候群)」と「固定ジストニア」という2つの難病に苦しめられることになりました。
脊髄刺激装置を背中と脇腹に埋め込み、「今の医学では治せない」と医師から告げられ、「どうして私がこんな珍しい病気にならないといけないの」と声を上げて泣きじゃくりました。
非情にも病気は進行し、電動車いすが必要となりました。
立つことはおろか、一人では何もかもできなくなってしまったのです。
失意の中、2月に念願だった看護師の国家試験に合格・・・
卒業式の謝恩会では、上京を前に千羽鶴を折ってくれたクラスメートへの感謝の手紙を読み上げました。
「正直、悔しいよ。私もみんなみたいに働きたい、看護師になりたい。でも4年間優しくしてくれたみんながナースとして羽ばたいていくのは心からうれしいんだ」
現在も痛みはとれず、働くはずだった同大に入院して、リハビリに励む日々・・・
進行性の病気だけに「次は何を失うのだろう。目が覚めたら右手が動かなくなっているかもしれない」と恐怖や焦りと闘いながら、描きためた詩と水彩画を発表する個展の開催を励みにして、病気に立ち向かい続けているのです。

ありがとう 西島祥子
「もしも、願いがひとつだけ叶うなら、西島さんは何を願いますか?」 という問いに対して西島さんは、次のように答えました。
「もしも、願いがひとつだけ叶うなら・・・
・・・
もし、ひとつだけ願いが叶うとしたら、普通の・・・
病気になる前の普通の女の子になりたいです」
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大切なもの
失ったものを嘆くより
病気が教えてくれたことを大切にしよう
いつか笑える日が来るように
いつか私の人生がよかったと言えるように
今を大切にしよう
西島祥子
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▽いたいの痛いのとんでいけ
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「混声合唱とピアノのための 4つのポエム (楽譜) 」(音楽之友社)
▽4つのポエム
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▼いのちの歌
もし今、原因不明の進行性難病だと告げられたら、私は西島さんのような生き方ができるだろうか?
他人に勇気を与えられるような生き方ができるだろうか?
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